“ 聖杯 ” を手に入れたくば、一つの手法と本気で向き合ってみよ

いつもご覧くださり、ありがとうございます。

皆さま、トレードの世界に足を踏み入れられて、
おそらく一度や二度は耳にされたであろう言葉に
「聖杯」というものがあると思います。

“相場における秘められた必勝法”

といった意味合いで用いられる語ですね。

「文字通りの聖杯」と同じく、「FXにおける聖杯」も、
あるのか無いのか、どんな姿形をしているのか……
興味は尽きないところです。

自分の手に馴染んだコップこそが聖杯である

結論から申し上げると、
相場における「聖杯」、須藤は存在していると思います。

ただ、おそらく多くの人が想像しているような
(期待しているような)ものではない―
そんな風に思うんですね。

比喩とはおもしろいもので、単にイメージだけではなく、
その他の要素まで相通じるところが多いように感じています。

たとえば、今回取り上げている「聖杯」。

「文字通りの聖杯」は、多くの方がご存じの通り、
キリストが最後の晩餐で使ったとされる、
ワインを入れるのに用いた器のことを指します。

そこから転じ、ある種の神秘性も相まって、
“その分野の決定打、必勝法、伝家の宝刀”の象徴として
「FXにおける聖杯」のように使われ始めたのでしょう。

さて、まず「文字通りの聖杯」。
実際はどんなものだったんでしょうね。

凝った装飾の施された、それはそれは立派な器だったのでしょうか?

これは私の勝手な想像に過ぎませんが(+ある程度の時代考証)、

おそらくこの器自体は、当時ごく普通の一般家庭で使われていたような、
飲料用の器、平たく言えばコップのようなものだったのではないかと思います。

少なくとも、その器自体に何か特別な力が宿るといったことはなく、
本当に大事なのは「その場で話された事柄」だったわけで、
器自体は別にどうでもよかったのではないでしょうか。

中身がこぼれずに、器として使いやすければ、
それでよかったものと思われます。

だからこそ、おそらく本物は別に特別視されることもなく、
現存しているのかどうかも、わからない状態なのだと思います。

何をお伝えしたいのかと申しますと、
「FXにおける聖杯」も、要は同じではなかろうかということです。

「聖杯」の本当の姿とは、目も眩むような、
また見たこともないような姿ではなく、
“手に馴染みやすく、使いやすいコップ”のようなものなのです。

ここまで言えば、勘の良い皆さまにはこれ以上の言葉は不要でしょう。

加えて、その“聖杯=コップ”を手に馴染ませる、
ある程度の努力も求められると思います。

ひとつの手法を使い込んで慣れることですね。

こういったことがわかったなら、

「聖杯」とは、必ずしも一つ(一通り)でなくてもよく、
しっかりと手に馴染んでいることこそが大事なのだと
気付かされるのではないでしょうか。

私自身は、相場でいろいろ失敗もしてきて、そんな風に感じますね。

あと、一つだけ。
割れ(こぼれや漏れが生じる)があると、ダメです。
そこはしっかりチェックすべきですが……

参考にしていただけましたら幸いです。
今回もお読みくださり、ありがとうございました。